旅の目的を聞かれたら、多くの人が「観光」と答えるのではないでしょうか。
けれど、この「観光」という言葉が本来どんな意味を持っているか、意識したことはありますか?
実は「観光」という言葉には、深い歴史と精神的な背景があります。もともとは仏教や中国の古典に由来し、「ただ景色を眺めること」ではなく、「心で見て、感じ取ること」を表していたのです。
この記事では、「観光」という言葉の意味・語源・歴史をたどりながら、その本来の姿をわかりやすく紹介します。
「観光」とは?意味と語源をやさしく解説
仏教における「観光」の本来の意味
「観光」という言葉は、実は仏教にも登場します。仏教では「観」とは「心を静めて正しく見極めること」、「光」とは「真理の光」や「智慧(ちえ)」を表します。
つまり「観光」とは、真実を見抜き、正しい理解に至る行為という意味だったのです。
このように、もともとの「観光」は観察する・悟るといった精神的な側面を持ち、今の「旅行」や「観光地めぐり」とは少し異なるものでした。
『易経』に見る「観光」の語源
「観光」という言葉の語源をさらにたどると、中国の古典『易経』の一文に行き着きます。
そこに登場する「観国之光(かんこくのひかり)」という言葉には、「国の文化や政治、風俗を深く観察し、学ぶ」という意味が込められています。
この「観国之光」こそが、「観光」という言葉の由来・起源とされています。
つまり、「観光」とは本来、その国や地域の光=文化・人・風俗を観ることだったのです。
日本での「観光」の始まりと変化
江戸時代の「お伊勢参り」と旅文化の発展
日本で「観光」という考え方が広まるきっかけとなったのが、江戸時代の「お伊勢参り」です。
多くの庶民が伊勢神宮へ参拝するために旅に出るようになり、途中の風景や人々との出会いを楽しみました。
当時は「参拝」が目的でありながらも、道中で文化や風俗に触れる学びの旅でもありました。これこそが、現在の観光旅行の原点と言えるでしょう。
明治以降に定着した「観光」という言葉
「観光」という言葉が今のように使われ始めたのは明治時代以降です。
鉄道が整備され、旅館や宿泊施設が発達することで、旅行がより身近になっていきました。
大正・昭和初期には「観光旅行」という言葉が一般に浸透し、誰もが「観光を楽しむ」時代が訪れます。
かつての“精神的な学びの旅”から、“楽しむための旅”へと意味が広がっていったのです。
「観光」の本来の意味を現代の旅に生かす
景色を見るだけでなく「文化を感じる旅」へ
現代では「観光=レジャー」というイメージが強いですが、本来の「観光」は文化を見つめ、感じることに重きがありました。
景色や建物だけでなく、その土地で暮らす人々の考え方や歴史、食文化を知ることで、旅はより深い体験になります。
心で観ることで旅は特別な体験に変わる
「観光」の原点に立ち返ると、旅は単なる移動ではなく、「自分の視点を広げる時間」になります。
風景を眺めるだけでなく、そこにある意味を感じ取ること。それこそが「観光」の本来の価値であり、“見ること”から“感じること”へと変わる瞬間です。
KIKICOCO「BUDDHA! BUDDHA! BUDDHA!」シリーズ
静けさと色彩のあいだに、ふと心がとどまる。
BUDDHA! BUDDHA! BUDDHA! シリーズは、東洋の仏教美術と西洋のポップアートが出会って生まれたコレクションです。
穏やかな線と軽やかな色のリズムが、見る人の心に静かな余白をつくります。
忙しい日常の中でも、ほんの少し“感じる時間”をくれるような一枚です。

まとめ|「観光」は“見ること”から“感じること”へ
「観光」という言葉は、仏教や古典に由来する“深く観て学ぶ行為”でした。
日本では江戸時代のお伊勢参りをきっかけに広がり、やがて“楽しむ旅”として定着していきます。
次に旅に出るときは、「観光=心で感じ取る旅」という本来の意味を少しだけ意識してみてください。その一歩が、旅をもっと豊かで特別なものにしてくれるはずです。
